思った通り、葉月がデスクについて5分もしないで城嶋は現われた。まだ8時15分。
城嶋は葉月を見ると驚き、そして微笑んだ。
その表情をみてしまった葉月は心臓がトクンとはねるのを感じた。
知的でクールな印象の城嶋は、滅多に感情を表さない。
先週1週間で良くわかった。
「早いな。」
「はい。あのきっと課長は早くいらっしゃると思って。」
「敬語は不要だ。」
「でも・・・」
城嶋は葉月のデスクにコーヒーのマグカップがおいてあるのを見て、自分の手にしていたコーヒーショップの袋を見る。
「君の分も買ってくるんだった。そういうタイプだとわかっていたのにな。」
「あの・・・」
「明日は2つにしよう。シナモンは?」
カプチーノ? 「・・・はい。」
「よし。」
城嶋がやはり微笑んでいるような気がして、葉月はなぜか緊張した。まっすぐに目を向けられない。
「じゃあ、さっそく仕事にかかろう。助かったよ、早く来てくれて。」
城嶋はそれから、あれこれと葉月に用事をいいつける。出張報告、ミーティング内容の取り纏め、関連部門との連絡。メールだけではなく指定書式で提出したり受け取ったりするものもある。葉月は報告書の作成をしながら、何度も社内をいったりきたりした。相変らず城嶋からは業務内容のレクチャーを受けていない。仕方がないので、社内を移動する合間に書類を拾い読みした。やはりまだ未知の専門用語がひしめいている。
それでも柴崎と話したことで、どの分野の知識を吸収すべきかは把握していた。
金曜日も同じ調子だった。前日と違ったのは、城嶋がコーヒーを2つ買ってきたこと。カプチーノだった。
出張成果は、どうやらあったらしい。報告書に続けて出された資材部へのサンプル発注と研究所へのフィードバックレポートでそれと知れた。
しかし、これが実を結んだら一体どんなことになるのだろう。葉月のごく浅い知識でもそれが大きなことだと理解できた。
夕方、城嶋が葉月を呼んだ。
「これ起こしてくれないか?」
渡されたのはレコーダーとイヤフォン。
「残業、大丈夫?」
「大丈夫です。」
「じゃあ頼む。」
「わかりました。」
葉月が受け取ったのは、城嶋の覚え書きというか、発想や留意点など思い付いたことがあれこれ録音されたもの。脈略なく内容が変わるときもある。全部で40分ほど。
イヤフォンで聞きながらワープロソフトで入力していく。
城嶋の声は心地よかった。時に周りの騒音が聞こえる箇所もあった。疲れた声の時もあった。考えながらゆっくり話している時もあった。
様々なシチュエーションの声が葉月を包んだ。不思議な感覚のまま、全てを入力し終えた。モニターの片隅に表示されている時刻は7時10分。それから再生しながら入力した内容を照らし合わせて校正していく。単語がわからないために入力した内容に自信がないところにはマーカーをつけた。文章がわかりにくかったところには付箋をつけた。全部終わったのは8時に近い時刻。
「課長、終わりました。」
滅多にドアを閉めない城嶋の部屋は、誰もが安易に出入りする。仕事に差し支えないのだろうかと思わないでもない。
葉月は電話中でないことを確認してから、軽くノックして声をかけた。
「ああ、早かったな。」
「フォルダに転送しました。不明瞭な箇所にはそれぞれチェックをしてあります。」
レコーダーとイヤフォンを返しながら、葉月は報告した。
城嶋はキーボードをいくつか叩くと、フォルダを呼び出し、軽く目を通して頷いた。
「ありがとう。」
「いいえ。」
「今日はこれで終わりにしよう。」
「はい。」
「食事にいかないか?」
なんでそんないきなり・・・。
「いいえ。」
「凄いな。即答か?」 城嶋はなぜか楽しそうに答えた。
「はい。あまり良いこととは思えません。」
「上司が部下を食事に誘うのはそんなに変か?」
「・・・そういうことでしたら。」
城嶋は、葉月の返事に笑みをこぼした。
「下で待っている。着替えてきなさい。」
葉月は、小さく返事をして出ていった。
PCの電源を落とし、デスクの上をきれいに片づけて出て行くのを見送った。
城嶋が葉月に着目したのは、中国工場に毎月届くレポートを読んでからだった。いつもはパラパラとめくり、タイトルの気になった記事だけを拾い読みしていた。それがある時から読みやすい物に変わっていた。しかも段々体裁も良くなり、それからは毎月届くレポートをかかさず見るようにしていた。
編集担当が女子社員だと言われても特には驚かなかった。恐らく随所に行き届いた配慮がみられたことで、自ずと想像していたのだと思う。
但し、その編集者が入社4年目、しかも最初の3年が北アルプスの工場勤務だったことや高卒だということには驚かされた。
本社勤務1年で、ここまでマーケット情報を理解し編集できるとしたら、中々の逸材だと思えた。城嶋の評価はその時点で確立されていた。
それから1年、企画開発部に着任して、初めて前園葉月という女性を目にした。24歳にしては大人びて見えた。が、同時にとても幼くも見えた。
そして違和感を感じた。何かが気になった。
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移転のご案内
突然で恐縮ですが、LoversをBlogからWEBに転向致します。
サイトは下記に準備致しました。
http://loveromance.web.fc2.com/index.html
今後の更新は、WEBサイトにて行いたいと思います。
htmlへの転向は、これからの運用や拡張性などを踏まえた結果の判断でございます。
いきなりの事後報告でご迷惑をおかけ致しますが、何卒ご理解頂きますようお願い申し上げます。
また、当BLOGは引き続き「雪生のBLOG」として、雑談やらロマンス界隈の話題、更新報告などで運用して参ります。
今後ともご愛顧のほど宜しくお願い申し上げます。
ロッカールームで顔を合わせた茉莉は、挨拶以外の言葉はなく何事もなかったかのように振る舞い、オフィスで顔をあわせた早坂も何も言わない。だから葉月も挨拶以外、なにも言わない。
朝一番で情報システム部から人がきて、PCの設定をしてくれた。柴崎美紀のデスクのPCはそのまま残され、城嶋のオフィスに1台新しいPCが持ち込まれた。葉月のデスクには、城嶋がそれまで使用していたものが再設定される。新たに渡されたパスワードが葉月のPCに登録された。そして更に城嶋のPCとの共有フォルダも、他の社員とは別途に設定される。かなり機密扱いの業務なのだと再認識する。
次は総務部からの支給品の受け取り。
驚いたことに、営業と管理職にしか支給されるはずのないPHSが含まれていた。社内では個人所有の携帯電話は一切使用を禁止されている。休憩時間でも、電源をいれてよいのは社屋の外に限られていた。会社支給がPHSなのは、デスクの電話の子機機能を持っているから。そしてカメラ機能がついていないから。機密文書が撮影されることを回避するための措置。
最後は人事部。こんどは葉月が赴いた。
辞令は6月21日付け。驚いたことに等級があがっている。4月に上がったばかりなのに。
「あの・・・」
「何か?」
谷井課長は葉月の疑問がわかったらしくクスッと笑った。
「等級が上がっていぶかしむ社員に出会うのは、なかなか新鮮だ。」
「すみません。でも4月に上がったばかりでしたし・・・」
「しかたがない。前園さんは最初が低すぎたからね。」
確かに高卒で工場の事務職では職能レベルが低い設定なのは確かだ。
それでも本社勤務になった時から毎年上がっている。必ずしも全社員がそうだとは限らないことを葉月は知っていた。葉月は今年2回目のランクアップになる。
「これで標準になったんだから、安心して。それに上原部長も戸川部長も承認済みだしね。」
そう言われては、納得するしかない。
辞令を受け取り、雇用契約書に署名押印して人事部をでた。
フロアに戻った葉月は、城嶋に昼食に連れ出され、有無を言わさず午後からのミーティングに参加するよう言い渡される。
「でも課長、私は・・・」
「通訳と速記は手配してある。君は君なりに感じ取れたことを記録してくれればいい。」
「でも・・・」
「いきなり現場で悪いが、早くなれてもらう必要がある。」
そう言われては、やはり反論できない。
「わかりました。」
それからの3日間。葉月は専門用語だらけの英会話を聞き、通訳された会話が夜のうちに文字としておこされ、翌朝届けられるのをチェックした。それからまたミーティングに入るというスケジュールを城嶋についてこなした。殆どがわからないことばかりだったので、こなしたと言うよりはひとまずそこにいただけ。
木・金の2日間は、ミーティングをもとに様々な資料が作成された。翌週、城嶋がそれを持って今度はシンガポールにいく。葉月は遅くまで書類作成に没頭した。
目のまわる1週間を終えた葉月は、今までにない緊張の連続でかなり体力を消耗していた。それが良かったのか、夜はぐっすり眠ることができた。
翌週は城嶋が水曜日まで出張。出社するのは木曜日なので、それまでにマーケティングの引き継ぎをすることにした。
7ヶ月目に入ったというお腹を抱えた柴崎美紀は、おおらかで快活に話す女性。
「ねぇ、初日に茉莉とぶつかったんですって?」
「柴崎さん・・・」
「大変だったわね。でも気にしなくていいわよ。」
「私は別にぶつかっては・・・」
「茉莉はね、本当は早坂が好きなんだけどね、素直じゃないからね。」
「はあ?」 なぜそういう話に展開するのかわからない。
「だってね、早坂ったら、この3年間で3人彼女が変わってるんだよ? 振ったのか振られたのかわからないけどね。茉莉としてはプライドが許さないわけよ。そんな男に惚れたのも。無視されるのも。なんせミスキャンパスだったからね。」
「はあ。」 よくわからない。
「それから、牧野田に注意してね。」
「牧野田さん?」
「そう、あいつはペットみたいに擦り寄ってくるから、油断しているとあっさりテリトリー入ってくるからね。」
「そんな・・・」
「あら? 悪い、前園さんもその気なら別にいいんだけど。」
「いいえ。」
柴崎の会話は繋がっているらしいのだが、全くもってよくわからなかった。
誰がどうあっても全然構わないのだが・・・。
ひとまず、ひとしきり企画開発部の社員の柴崎風評価を聞かされてから、引継ぎに入った。
葉月はこの仕事に就いたときから少しずつ書き溜めた覚え書きを渡して、内容の見方を説明した。そしてその覚え書きの更にダイジェスト版のように取りまとめたプリントを渡した。
「凄いねー。これ全部前園さんがまとめたの?」
「はい。最初はわからないことばかりだったものですから、覚えたことすら良くわからなくて、覚え書きが役に立ったのは2年目からでした。」
「流石ね。こういうの見ると噂は事実なんだって実感する。」
「うわさ? ですか?」
「そ、前園さんの。」
「私の?」
「そー。前園さんが本社に来る直前ね、工場から出来る社員がやってくるって噂になったのよ。なにせ工場長と人事部のお墨付きで、一押しの人だって。確かに何人か本社にあの時きたんだけど、別に目をひく人がいなかった。でも、それが前園さんだってわかった時は凄かったのよ。」
「・・・はあ。」
「女性だと誰も考えていなかったの。しかも高卒でしょう? びっくりしたんだよね。」
「そうですか・・・」かなり複雑。
「でもさ、マーケティングレポートが変わったんだよね。ある時から。編集が凄く良くなって、リライトされた文章が分かりやすくて、それまでの文章の寄せ集めが、きちんとしたレポート集になった。そしてそれを編集していたのが前園さんだったというわけ。ちょっと納得した。そして今、この資料みせられて更に納得した。だから城嶋課長も前園さんをスカウトしたんじゃないかな?」
「・・・」
「課長は仕事には厳しいけど公正だし、頼れる。楽な上司はいっぱいいるけど、いい上司はあんまりいないから、せいぜいがんばって。」
あっけらかんとした柴崎の一風かわった賛辞と励ましは、何となく心地よかった。
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大学4年の兄は既に就職先も決まっており、共働きの両親にかわって葉月が落ち着くまでずっと側にいてくれた。普段は家を離れて、大学近くの古臭い下宿住まいなのに。そして家から少し遠くなった病院に、弟も妹も夏休みの宿題を持ってやってきた。何もせず病室で葉月の側で過ごして帰る。葉月が心細くならないよう、時間の許す限り、いつも誰かがいてくれた。そんな家族に守られて、葉月はやっともとの葉月らしさを取り戻したと思った。
9月半ばに退院した。1ヶ月の入院で、葉月の体力はすっかり落ちていて、階段の上がりおりさえ大変な状態だった。学校へいけるようになるには、しばらく自宅療養してからという医師の指示の意味が良くわかった。
葉月は中断を余儀なくされた試験勉強を再開した。奨学金はダメでも大学受験はするつもりだったから。
そして、10月に入って久しぶりに登校するときは、なんの憂いもなく向かった。
が、そこで葉月を待っていたのは、酷い中傷。葉月は、いつのまにか英語教師の不倫相手にされていた。誰もが白い眼でみたり奇異な眼で見る。汚いものでも見るかのような視線を向けられたとき、葉月の中のドアが一つ閉じられた。
もちろん全員がそうだったわけではない。クラスメイトの中にはそれを信じないものもいた。ただ、夏休みの補習は殆どが二人きりだったため、誰も見ていないことを否定することも肯定することもできなかった。傷ついた葉月は、数日で登校拒否した。葉月が笑わなくなったのはそれから。
高校側の配慮で、葉月は自宅学習という状態になった。常に学年でも上位に入る成績を保持していた葉月は、そのまま退学にでもなったら学校の損失なのだろうと、今までなら考えもしなかった裏面を考えた。そしてそんなことを考える自分が嫌だった。
そしてもっと葉月を苦しめる事件は程なく起きた。
世間の好奇な眼をさけて、葉月は滅多に外出しなくなっていたが、紅葉が美しい季節に家族で紅葉狩りに出かけた。とはいえ、近くにある公園で、家からは歩いて30分程度の場所。
葉月が赤く染まった紅葉を見上げていた時、いきなり腕を掴まれた。それは男の力強いもので、父でも兄でも弟でもないとその乱暴なつかみ方でわかった。
「なに?」
「あんた、前園だろう?東山高校の。」
見知らぬ男。年齢は同じくらいか少し上。兄よりは下に見えた。薄ら笑いを浮かべ、葉月をねめつけるように無遠慮にジロジロと見てくる。その下品た視線に、虫酸が走るほど嫌らしさを感じた。
「なんですか?」
「なあ、あんた。教師たぶらかして夏休み中よろしく遊んでたそうじゃないか?こいよ、俺らにも付き合ってくれよ。」 そういうと顔をしかめるほど腕を強く掴んできた。そしてグイと引っ張られ、とっさに動けなくて足がもつれて倒れ込んでしまった。
苛立たしそうな声で、「おい」といいながら引きずるように引っ張られるのと、「お姉ちゃん」と叫んだ弟の声が重なった。葉月は腕を離された。そしてそこに倒れてしまった。
家族の声がずっと頭の中で響いていた。大丈夫だから・・・と、言葉にならない返事をずっと返していた。
葉月のショックは、大きかった。戸惑う母を押し切ってそのことを警察に届けたのは父と兄。
かなり注目された事件の被害者だった葉月の訴えはすぐに調べられた。そして、捕まったのは、英語教師と実際に不倫をしていた女子生徒とその取り巻き。なぜか葉月を逆恨みしていたことが動機だったと聞かされた。現実の事件にはなっておらず、未成年でもあったため、彼らは公には裁かれない。同級生でもあるその女子生徒は、表向き病気療養中という名目で夏の事件以来登校していなかった。
停学処分にすらならなかった。
そんな諸々のことが明るみに出れば出るほど、それらが葉月をどんどん追いつめて苦しめた。
ただ、家族の前ではそれをひた隠しにした。あまりにも弱すぎる自分が嫌で嫌で、たまらなかった。それを痛ましく見守る家族の表情もたまらなくなった。
表面上は平静を装い、内面では少しのことにもビクビクしている自分を、ほとんど投げ出していた。
それでもやはり時間が葉月を癒していった。葉月がやっと自分を取り戻したのは春の香りが立ちはじめた2月。
センター試験も受けなかった。もう高校も卒業する。
その日、葉月は一人で2時間かかる兄が住む町へ向かった。
「どうした葉月。」
昼食の休憩時間、内定先の会社で働き始めていた如月は、約束した会社近くのファミレスにニコニコ顔でやってきた。
「兄さん、就職するにはどうしたらいいの?」
「なんだ、いきなり。」
「私、就職したいの。」
「そっか・・・」
「どうすればいい?」
「葉月、1年浪人してもいいんだぞ? 俺も卒業だし。」
「ううん、いいの。私は就職する。もう決めたの。」
「就職してどうする?」
「自分を守る。」
「葉月・・・」
「兄さん・・・お願い、お父さんとお母さんを説得して。」
「・・・わかった。そうしたいのならそれでいい。大学は夜学もあるし、聴講生にもなれる。社会人にも門戸を開いているところはいくつもある。いつだってやり直せる。いいな、いつだってやり直せるんだからな。」
葉月が頷くのを見てから、「週末帰るから、そのときでいいか?」と聞く。
「うん、ありがとう。」
「葉月、学校にいけるか?」
「え?」
「担任の先生に相談してみろ。あの時凄く真剣に葉月のことを考えてくれてたから、きちんと相談に乗ってくれると思うぞ。」
「学校・・・」
「行ってみろ。それに卒業式は出たほうがいい。それこそ父さんと母さんに卒業する姿をみせてやれ。」
「う・・・ん」
「一緒にいって欲しいか?」
「・・・大丈夫、一人でいく。」
「電話しろよ、どんなだったか知りたいから。」
「わかった・・・」
葉月はその足で高校に向かった。思いのほか足が重くならないことに驚きを覚えた。
2月に入って、3年生の登校はまばらになる。それでも葉月が職員室に入るところをみたものがいて、夕方外に出た時は数人が待っていた。そして葉月に酷いことをしたと、泣きながら謝罪してくれた。
葉月はそれを受け入れ、やっと取り戻した友達と抱きあって泣いた。
それからは、残り少ない登校日を葉月は高校に通った。就職先もどうにか確保できた。父も母も猛反対だったのを、兄が説得してくれた。
葉月の新たな生活は、北アルプスの麓でこうして始まった。
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牧野田は何とも思っていないらしい。
「早坂さんって、いつもああなんですか?」 あんなに思い切りストレートにぶつかってくるとしたら、余程覚悟がないとやっていけない。
「まあ、大体は。でも仕事ではかなりソフトだから。大丈夫だよ。」
「でも、痛そう・・・」 葉月は茉莉の心情をおもんばかってため息がでた。
「大丈夫だよ、茉莉さんはあれでも早坂さんにかなり頼ってるとこあるし・・・」
「・・・」 よくわからない。
そのささいな事件は、ここの部署では本当にささいな事件とも言えない事件だったらしく、その後は何事もなく会話が弾み、二人が先に帰ったことを告げられた城嶋も何も言わなかった。そして閉店に近い時刻に終わった。外に出た時は11時を過ぎていた。
駅に向かって歩いていた葉月に、城嶋が並んだ。あまりに自然に並んでくるので、葉月は警戒することも、避けることもできない。
「初日から遅くまでつき合わせて悪かったな。」
「いいえ。」
「送ろう。」
「いいえ、まだ電車がありますから結構です。」
「どうして? 私も同じ方向だから遠慮しなくていいぞ?」
「いいえ。とにかく結構です。」
「葉月?」 城嶋が葉月の腕を掴んだ。それはいつかと同じく、軽くちょっと手をかけただけの接触。
それでも、葉月はビクっとした。
「課長、本当に大丈夫ですから・・・」 声が震えたのがわかっただろうか?
「どうした?」 わかったらしい。こういう感の鋭い人は苦手だ。ごまかしようがない。
「何でもないです。とにかく大丈夫ですから、電車で帰ります。」
あまりにも頑なな葉月の態度と震えを帯びた言葉に、城嶋は内心で顔をしかめた。
「ではこれを使いなさい。」渡されたのはタクシーカード。
「もう遅い。それで帰ってもらった方が私も安心できるから。」
「わかりました。」
葉月はすぐにタクシーに乗せられた。窓ガラス越しに、城嶋が小さく目顔で合図するのに目礼して、わかれた。
タクシーのなかで、城嶋が触れた箇所に手を添えた。城嶋は違うのに。全然そんな人でもないのに。葉月は自分のなかに未だ残っている「恐怖感」に脅えた。
城嶋は、遠ざかるタクシーを睨むように見ていた。
葉月は脅えていた。見間違いようがなかった。それは、何かがあったから。
それを突き止めるべきなのか、葉月の傷が癒えるのを見守るべきなのか・・・はかりかねた。
葉月の怪我は傷害事件として扱われていた。緊急手術を受け、麻酔から覚め、やっと周囲を自覚したのは翌朝で、両親、兄、そして弟と妹が枕元で泣きながら見守っていてくれた。
「葉月・・・」母親はもう号泣状態で次の言葉が出てこない。
兄は葉月の点滴の針が刺さった手を包んでいてくれた。
弟は泣くのをこらえていた。妹は葉月の髪をそっとさすりながら静かに泣いていた。
父ですら眼を潤ませていて、そんな家族の顔を見て、とんでもないことになったんだと理解した。
「ごめんなさい、心配かけて。」
「ばか、謝ることない。」 4歳上の兄は、一人だけ年が離れているせいか葉月たち弟妹にとても優しい。2人目の父がいるような感覚だった。
すぐに医師がやってきて、葉月の怪我の内容を話してくれた。腎臓を傷つけたため、手術に時間がかかったこと。大量に出血したことで、かなりの輸血をしたことなどを告げられた。そして腎臓は間違いなく治るし、外傷もいずれ目立たなくなる、とも言われた。
医師の使った「外傷」という言葉に葉月の記憶が反応した。刃がギラっと光り、歪んでみえたような気がした。それがショックだったのか、いきなり、取り付けられていたモニターの一つが音を発した。心電図のモニターだった。驚いて悲鳴を上げた弟と妹を、兄が廊下に連れ出した。入れ替わりに看護婦が入ってきた。
「先生」容体が急変したと思って飛び込んできたのだろう。医師の存在を確認して安堵していた。
「大丈夫だ。」
「葉月さん、話せる?」
「・・・はい。」
「今、なにを考えたのかな?」
「・・・」
「恐くないから、医者がこうして側にいるんだから、何があっても大丈夫だから。」
「光ったんです。・・・ナイフが・・・」
その言葉に母が息をのむのがわかった。
「そうか・・・恐かったんだね・・・」
恐かった? いえ、あの時はまだ恐くなかった。恐かったのは、それが自分の体の中に存在しているとわかったあのおぞましい感覚のほう。あんなものが、体に・・・。それ以上は考えられなかった。涙が出てくる。葉月は体に残る痛みではなく、別のことで泣いた。
その涙を拭ってくれたのは医師だった。
「ナースセンターはすぐ隣だから、恐くなったらすぐ誰かを呼びなさい。ご家族の方もこうしていてくれる。安心して少し眠りなさい。」
その日の午後、警察がやってきた。葉月は被害者として扱われており、公の事件になっていると知った。刑事の事情聴取は特に変わったことも聞かれず、簡単なものだった。その間、ずっと兄が付き添っていた。父は学校にいっていた。
そして、思いもかけないことを知ることになった。
葉月を襲った女性は英語教師の妻だった。妊娠によるノイローゼで、夫が夏休みも毎日学校へいくのは、女子生徒と浮気をしているからだと思い込んでいたらしいこと。そして教室にいたのが葉月だった。葉月はノイローゼの結果生み出された架空の不倫相手にされた。
が、話はそこで終わらず、実際、その教師は不倫をしていたというのだ。相手は葉月の同級生・・・信じられなかった。
「あの、先生は? それと・・・」
葉月がそれを聞いたのは当たり前かもしれない。目の前で、妻が自分の生徒を刺したのだから、激しいショックを受けたのは葉月だけではないはず。
「英語教師は、自宅にこもっている。それと、は・・・奥さんは・・・ショックで流産した。今は病院にいる。」
刑事が犯人といいかけて止めた。その気遣いが複雑に突き刺さる。そして病院にいるという言葉。もしかして・・・
「まさか・・・ここに?」 葉月の疑問は否定されなかった。
「兄さん・・・」 葉月は無意識に兄の手を求めた。如月がその手を握リ返してくれる。
「私、ここにいたくない・・・」
「葉月・・・」
「お願い・・・いや。ここから連れ出して・・・」
「葉月、大丈夫だから。」如月は泣きだして訴える葉月の手をしっかりと握りしめると、二人の刑事に「出ていってもらえないか」と告げた。そしてナースコールを押した。
すぐに現われた看護婦に「すみません、先生を。それから別の病院にうつれるよう手配をしてください。」と、あまりにもハッキリと告げたものだから、看護婦は驚いて出ていった。
間もなく現われた医師は、葉月の動揺をひとまず鎮静剤で鎮め眠らせた。
そのあとどんな会話がなされたのか知らない。
次に目覚めた時は、隣町の医大付属病院だった。
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部長室とは言っても、パーテーションで区切られているだけ。一応ドアはあるし鍵もかかる。が、パーテーションと天井の間は50cmほど開いているし、フロアに面した壁は透明のアクリル板がはめ込んである。個室とは言い難い。
城嶋と牧野田はあっという間に中をきれいにして、テキパキと城嶋の荷物をうつす。パソコンは配線があるので、月曜日システム部から誰かが来てセッティングをしてくれるらしい。
葉月がマーケティングのデスクに戻って、書類を整理し、私物を取ってきた時には、既にすべて整っていた。
ひとまず空いたデスクが葉月用ということらしく、そのデスクは、部長室の前に移動してあった。まるで部長室の門番か検問のようだ。
葉月が戻ると早速中に呼ばれる。
城嶋のデスクの前に座るよう促されて、椅子を引き寄せ座る。
「葉月、考えておいたか?」
「何を・・・ですか?」嫌な予感・・・
「この間のことだ。」
「・・・」一瞬言葉に詰まる。それでも言葉を返した。
「考えておけと言われた覚えはありませんし、そう言われたとしても考える必要はありません。」
「なぜ?」
「必要ないからです。」
一瞬、城嶋の眼が光った。と思えた。
「・・・まあいい。」
そういうと城嶋はパラパラとプリントを見ながら話しを続けた。
「英検、取ってるんだな。なかなかいい成績だ。秘書検定もとっている。」
それは葉月が就職してから取得したものだった。就職した際に、3年後の工場閉鎖に伴い失職することを考慮して取得した。大学進学を目指していたから英検は何とかクリアできた。が、秘書検定は結構難しかった。
1度で合格したのは運が良かったかも、と思わざるをえない惨澹たる結果だったのを覚えている。
「葉月、なぜ進学しなかったんだ? 家庭の事情か?」
その問いかけは、工場にいた時も、本社に来てからもたびたび聞かれた。最初の頃は痛みを伴って答えた。今となっては、定番になった答えがスラスラと出てくる。
「私は4人兄弟の2番目です。両親は共働きですが、田舎の経済では収入は芳しくありませんから。」
「そうか。残念だったな。」城嶋はそれ以上何も言わなかった。葉月が2月になってギリギリ入社を決定したことを知らない。多少なりと事情を知っているのは人事の戸川部長のみだ。
「今日、このあと付き合えるか?みんなとおでんやにいく。」
夏におでん・・・。
「親睦会だと思って参加してくれ。」
「わかりました。」
アルコールが飲めないと断るのも変だし、予定があると断るのも既に8時に近いこの時間では真実味にかける。
最初くらいはしかたがないかと思って了承した。
城嶋はその葉月の返答が気になったのか、ほんの数秒、葉月に視線を合わせた。それから持っていた書類をわたしてくる。
「君の社内データベース情報だ。何が書かれているのか気になるだろう。よく見ておきなさい。」
「いいんですか?」
「もちろん。間違っているところがあったら訂正して返してくれればいい。もしくは月曜日に人事に戻してくれてもいい。」
そういうものなのかと思いながら書類を受け取る。自席に戻って内容を確かめた。
記載されているのは最終学歴と入社年月日。勤務経歴、取得資格。それだけだった。
これでは、情報とは言えない。履歴書の記載項目より少ない。
特にこだわるべき情報も見当たらない。葉月はその書類をそのまま城嶋に戻した。
「変更点はありません。」
「そうか」
城嶋はそれを受け取ると、葉月の目の前でシュレッダーにかけてしまった。その行動に少しスッとする。城嶋は、かなりサッパリとした気性なのだと伺えた。
これまで葉月が認識している城嶋という男は、仕事ができて容赦のないタイプと見えていた。曖昧さを許さない厳しさも感じ取れた。
これからアシスタントとして就く以上は、問題はあってもそれを表面化させるような愚かさは出したくない。きちんと納得してもらわなければ。仕事で。
夏のおでんやさん。暑苦しいかと思えば、全くそんなことはない。しかも店内は品の良い和テイストのサロンかと思うような装飾だった。床も壁も黒。壁際の4人がけのテーブル席はそれぞれ仕切りがあり個室の雰囲気もある。チームの面々が揃ったのはベンチソファが窓側にしつらえられた一角。葉月は、牧野田に押されて入口近くにいたのを奥に押し込まれた。これでは、簡単に中座できない。
ムードメーカーは思った通り牧野田、そして主任の沢村。二人は大学の先輩後輩であり、高校も一緒なのだとか。男性は城嶋の他に沢村、下都賀、早坂、牧野田の4人。女性は、三ツ木茉莉と吉池里香子の二人。そして柴崎美紀と入れ替わるカタチの葉月。企画開発部オールキャスト。
時々誰かが席を立ったり座ったりしている中で、その都度人の位置がずれていた。そして三ツ木茉莉が隣に来た時、葉月は思いがけないことを言われた。
「前園さん、アシスタントに選ばれたからっていい気にならないでね。」
(選ばれた・・・って)
「本来なら、私の発案なんだから私が課長とペアでやるべき仕事なの。」
「そうですか」
「でも私は忙しいし、だから課長にはアシスタントが必要だということで貴方になった。それだけよ。」
なぜか茉莉の言葉よりもその話し方が気になった。(もしかして・・・。)
「私は辞令を頂いたので異動しました。他のことはわかりません。」
「まあ、生意気なのね。」
(ああ、やはりあの時の人だ。)
そう思った時に、頭の上から全然違う声が響いた。
「茉莉、それ以上一言も言うなよ。」早坂智彦だった。葉月の背後に立ち、葉月の横にいる茉莉を見下ろしている。怒っているようでもあるが静かな表情。
「なによ。」茉莉が早坂に答える。
「初日からお局ごっこか?それとも課長に振られた腹いせか?」
ギョッとした。いきなり凄いことを言われて、驚いたのは葉月のほう。振り返って早坂を見上げ、それから急いで廻りに視線を走らせた。
城嶋は席にいなかった。恐らく茉莉もそれを見越して話し掛けてきたのか。
「ひどい・・・」 茉莉は顔を赤らめて怒ったような泣きたいような顔をした。
「酷いのはどっちだ。前園さんを困らせてもなんにもならないぞ。」
「はやさか・・・」 茉莉の眼が見る見る涙で潤む。葉月は眼のやりばに困ってしまった。
「帰るぞ。茉莉。送るから。」
そういうと早坂は、茉莉を引っ張って立たせ、後ろにいた牧野田に何かを告げると、そのまま茉莉をせき立てて店を出ていった。
呆気に取られてしまって言葉がでない。
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現に今、葉月は工場勤務から本社勤務に変わっている。生産拠点を中国にうつすべく準備中だった藤崎精密の工場は、葉月が就職した時点で3年後の閉鎖が決まっていた。そして3年後、良くて他工場への異動、最悪でリストラという環境のなかで、葉月は本社勤務を打診された。もちろん即快諾した。
東京に行きたいと思ったわけではなく、行くところがあるということに安堵した。本社が更に山奥だって良かった。いっそ中国工場でも構わなかったくらいだ。
葉月が直面した問題は住まい。本社には女子寮がない。部屋を探しに行かなければならないかと考えていた時、葉月を助けてくれたのは、本社から人員整理のためにきていた人事部の戸川課長。1年かけて社員それぞれの特性や個々との面談で、異動先などを整備するために常駐していた。
戸川は、葉月に家賃補助制度を説明してくれて、あげくはいくつかの物件を紹介してくれた。
海のない内陸の地方都市出身の葉月は、迷うことなくその中から一番海に近い物件を選んだ。川崎のはずれ。貨物が積み下ろしされる埠頭が近いが、住んでみると駅からの10分は明るい商店街だし、埠頭はほとんど人がいなくていつも静かで、環境的には申し分なかった。
本社勤務になって3年。それなりに充実している。
そして城嶋がいた中国工場は、葉月が本社勤務になる原因にもなった工場。
あるかなしかの縁。それを縁というならば。
城嶋のことを考えた直後から、記憶が別の思考に変わった。
(なんで、あんなこと・・・)
葉月は城嶋の言動を忘れることにした。ちょっとまずい場面を見られたから、接触してきたのだろう。
葉月がそれを吹聴するタイプではないとわかれば、あとは用がないはず。今日のことももちろん誰にも言う気はない。
翌日から、葉月の業務は残業が続いた。
マーケティング部では、取扱製品の市場動向や他社製品の情報収集の他、葉月が担当しているマーケットレポートの編纂。更には新企画の情報収集なども担当する。特に城嶋が企画開発部に着任以来、新規事業のための準備と思われる情報収集が増えた。葉月もルーティンワークのレポート編纂が終わった今、新たな業務が割り振られて日々こなしていた。
そして週末の金曜日、もうすぐ7時という時刻でも、マーケティング部にはまだ半数が残って仕事をしていた。葉月もその一人。
葉月のデスクの電話が鳴った。
「マーケティング 前園です。」
「上原だ、お疲れサン。」上原部長はまるで同僚のような言葉づかいをする。
「部長、お疲れ様です。」
「まだ、残業続くかな?」
「いえ、もうじき終わりますが。」
「では、終わってからでいいので、第3会議室にきてくれるかな?」
「わかりました。5分で参ります。」
葉月は仕上げた文書を保存し、参考資料を全部揃えてファイルすると席を立った。
「前園です。失礼します。」会議室のドアをノックし、中からの声を確認してから押し開けた。
会議テーブルには上原と城嶋、そして人事課の谷井課長がいた。そして3人がいるのとは別の隅にコーヒーポットとプラスチックカップが寄せてある。てっきりそれを片づけるよう言われるものと思ったところに、上原が明るく座るようにと声をかける。
「お疲れサン。悪いね遅くに。」
「いえ。」
「とりあえず、そこ座って。」
そこ、とは3人を正面に見る席。何かの面接のようで気になった。
しかも、この数日全く見掛けなかった城嶋がすぐ目の前にいるのも気になった。葉月はあの日以来、なるべく城嶋を見ないようにしていた。顔をあわせるのも嫌だったし、できれば関わりたくなかったから。
その城嶋は全く平然とした顔で、眉一つ動かさない。視線すら葉月には向いていない。
どう考えていいのかわからない。
「前園さん、いきなりなんだけど、異動してみない?」
「異動・・・ですか?」上原はなんて不思議な言い方をすることか。そっちが先に思い浮かんだ。
「そう。城嶋課長がね、アシスタントを必要としていてね。」
アシスタント、城嶋の・・・葉月は内心で顔をしかめた。
「でも企画にも人員が・・・」
「まあ、確かに人はいるが、既にキャパを超えつつある。しかも一人産休に入ることも決まっているのでね。」
「はい・・・」
「人事には確認を得たから、良ければ来週からどう?」
どう?と聞きながらも、それはもう決定事項。
「わかりました。」
「うちとしては、前園さんをもっていかれると痛いんだがね。とりあえず、レポート編集は君と入れ替わりにもらう、企画開発部の柴崎さんが1ヶ月だけだけど担当する。そのあとはまあ、人事が何とかしてくれるのを待つことになるな。」
「はい」
「辞令は月曜日に人事で受け取って。」
「わかりました。」
釈然としない何かを抱えたまま葉月は廊下を歩いていた。その横にスッと並ぶものがいる。当然と言えば当然。城嶋だ。
「葉月。仕事は終わったのか?」
「はい」っていきなり名前で呼び捨て? と思ったものの、それが企画開発部のやり方だと気付いた。城嶋が来てから変わったことの一つ。社内でもエリート集団と言われる部署。
スタッフのうち3人は海外生活の経験があり、半数が海外勤務を経験している。その影響なのか・・・。
「では、こっちにつきあってもらおう。月曜日はシンガポールからの来客があるから時間がない。今日のうちにスタッフと顔合わせをすませてデスクを片づけたい。」
「わかりました。」
葉月を伴なった城嶋は、仕事中の7人に向かって声をかけた。欠けているのは既に帰宅した産休にはいる柴崎のみ。あとは全員が仕事中だった。
「ちょっとみんな聞いてくれ。」
電話していたものでさえ、切り上げて城嶋に向き直る。
「月曜から、私のアシストにつく前園葉月くんだ。マーケティングにいたから、既に知っているだろうが、これから仲間だ。頼むぞ。」
「はい」「はーい」「了解」 いろんな返事が返される。
「それから牧野田、デスクを片づけるから手を貸してくれ。」
「はい。」指名された牧野田は葉月の1つ上で25歳。葉月が異動してきたのと牧野田らが入社してきたのとが同じ時期だったため、葉月は彼らの新入社員研修に参加していた。その時から時々会話する程度には親しくしている。葉月の数少ない知り合いの一人。
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